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『彼女』と『硝煙』と『黒猫』と

――ダカンッ――


 と、ハンドガンにしてはおおよそ似つかわしくない音が道端に広がり、その直後、橙色の鮮やかな閃光とともに爆音が暗闇に轟く。空中に舞った塊が爆発したベンツだと気づかなかったのは、すでに原型を留めていなかったせいかもしれない。そして、私を殺すつもりだった父親が乗っているはずの車をぽっかりと口を開きながら見ていた私の姿は、端からみればあまりにも滑稽で間抜けだったのは恥ずかしい話。
 そして、目の前の暗闇から現れた彼女の右腕に掲げられたハンドガンを見て、私は「あぁ、女の人が持っているのはあまり似合ってないなぁ」と考えていた。
 その女性(ひと)が掲げていた戦時中でも幻、おろか性能の悪さゆえに誰も使わなかったと云われる。

 大型口径の対戦車用拳銃<ヴァルターカンプピストル>、単発式中折れタイプの拳銃。

 旧ドイツで考案され、実際に使用されたハンドガン……いや、ミサイルを発射できる簡易砲台といったほうがいいかもしれない。元々は信号弾を打つための拳銃で、破壊力はゼロに近いはずのものだった……。しかし、その大口径に目を付けたどっかのおバカさんがグレネード弾を使用したことにより、簡易的な対戦車拳銃として一時期では使われていた……らしい。父親が持っていた書物にも実物も見たことがなかったからそのあたりはあやふや。けれど、その威力と反動は普通の一般人には耐えられないと聞いたことはあった。それなのにその女性は衝撃をものともせず、ただ優雅に、漆黒の闇にその姿を隠すような衣装で立っていた。
 そして、女性はゆっくりとした動作で私の方へと振り返る。見た感じは多分20歳前半、私はしゃがんでいるし、女性から少しだけ離れたところにいるため分かりにくいけれど、身長は160㌢前後ぐらいだと思う。
 すると彼女は口元に人差し指を当て、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「死にたい?」

 彼女はそう言った気がした。気がしたというのは、自分の正面に彼女は数メートル先に立っていたけれど、その声は爆音のせいで一時的に機能が停止した私の耳には届かなかったから。ましてや、私は読唇術を会得している訳ではないので、彼女がなんて喋っていたのかなど分かるはずもなかった。

 「――――か?」
 「えっ・・・?」

 けれど、

 「――くを、み――うか?」

 裂けそうなほど開かせた口元を歪ませ、彼女のその瞳はしっかりと自分という存在を私という存在の正面捉えて、告げる。

 「地獄を、見せてあげようか?」

 その瞬間、世界の理全てが虚偽に思えた。
 『彼女』のどす黒い瞳には薄暗く私が映っていて、この世全ての醜悪を詰めたような深く冷めた瞳だった。睨んだだけで人を殺し、駆逐するような瞳に吸い込まれていく感覚。『彼女』との距離は遠いはずなのに、もの凄く近くに感じる違和感。目を離したいのに離させてくれず、脆弱な私の心は簡単に握りつぶされる。
 そして、彼女の後方数百メートルの壁が壊されて一台のトラックが大通りから細い路地へと出現する。車幅が道幅と合っておらず、ところどころ壁に車体を擦りながら火花を散らし、数㌧の塊が迫ってくる。
 だが、迫りくる巨大な銀塊でさえ、『彼女』の前では恐ろしいほど小さく見えた。それほど『彼女』から出ているオーラみたいなものが凶悪すぎるのだと、少なくとも私は思ってしまった。
 白い犬歯が光りニヤリと不敵に笑う彼女の口元。
 風圧に一本一本なびく黒い髪の毛。
 空には錯覚に見えるほどの紅い月。

 「…ぁ、うぁ……」

 言葉にならない声が口から漏れ出していく。数分だったのか、数秒、もしかしたら一秒にも満たない時間だったのかもしれないけれど、私の全身から色んなものが流れ出ていってしまった気がした。
 そして、『彼女』はその日本人が誇れる美しく輝く黒髪を風でなびかせながら立ち上がり、左腕で次弾を装填しながら照準を正面に突っ込んでくるトラックへと向ける。その姿は死の宣告をしにきた死神のようで、まがまがしいほどの威圧感と圧倒的な支配力を感じさせる雰囲気、右腕に掲げられたそれはまさしく死を運ぶ者として相応しい格好だった。
 半身にして腕は地面と平行に、銃口はトラックと垂直に。止まることをやめない鉄塊に向かって、撃鉄を起こし、引き金に指をのばし、人差し指をゆっくりと、弾いた。
 瞬間、激しい火花と共に放たれた弾丸は迷うことなく眼前の塊に突き刺さり、車体を貫いて強制的に静かにさせる。
 そんな状況下でも『彼女』を観察していたのは、一種の興味本位だったのか『彼女』の存在そのものに興味を持ったのか……そして、私は気づく。『彼女』の右腕の正体に……。
 銃弾を放った瞬間に『彼女』の腕が裂け、肩から無機質の異物が反動を受け流すようにつきだしてくる。古い日本史に出てくるゼンマイ仕掛けの人形、もっと分かりやすいように例えるならばロボットに近い存在。かみくだいて言えば、さつりくを行うためだけに特化された機械式の右腕。『彼女』の腕はまさしく"砲台"であり、機械であるからこそあの弾丸の反動に腕を一㍉も動かさずに耐えることが出来る。相手が動かない、動いていてもそれなりに大きい物体であれば百発百中の大砲。
 そして、銃身から空薬莢を取り出し、流れるような動作で次弾を装填させる。再び半身に構え二発目の弾丸をトラックへと撃ち込み、正面大きく開いた穴に向けて左腕に構えている、あれは確か……そうだ、旧日本軍が使っていた二十六年式拳銃だったはず、その拳銃で的確にエンジンを打ち抜く。数秒遅れで大型トラックが爆音とともに炎を闇へと映す。すでに勝敗が決しているはずなのに『彼女』は打ち抜くのを止めない。スモークガラス越しに運転席、助手席に乗っているだろう人間をめがけて再びハンマーを鳴らす。的確に、確実に人の命を奪っていく『彼女』の弾丸。スモークガラス越しでもはっきりとわかるおびただしいほどの血。
 早すぎる展開とあっけない終焉。と思いきや、『彼女』は上空へとそびえ立つビルを見上げ、拳銃を構え、三度引き金を引く。
 路地に数秒のせいじゃくが訪れたあと、上から落ちてきたと思う数丁のライフル銃が地面に叩きつけられて壊れてしまった。砕け散ったライフルの小さな破片が私のほほをかすめて、そこから真っ赤な血がしたたり落ちる。でも、なぜか痛みは感じない。なんで、だろう…………あぁ、そうなんだ。これが、『恐怖』なんだ。今まで感じたことがない、まるで別次元のような生き物に、私はきっと恐怖しているんだ。
 黒煙をあげるトラックを背にする『彼女』はまるで、地獄のふちにでも立っているようだった。

 ひとが、かんたんにしんでいく。それは、まるで十年も前に終結したはずの世界大戦の一部を見ている気分で、映画とは違うノンフィクションのすぐそこにあるリアル……。
 ここは、本当に地獄かもしれない…………。

 「あら? もう追っ手が来ちゃったか。残弾も少ないし、ここは一度撤退するか」

 右手に持っているハンドガンをホルスターに仕舞い、『彼女』は左手で頭をかきながらそう言った。そして、

 「君は、どうする?」
 「えっ?」
 「生きてみたいと思う?」
 「……うん」

 突然の問いにそう答えたのはきっと、私自身の防衛本能。この場にうずくまっていても必ずしも助かるとは限らないし、必ずしも死ぬとは限らない。けれど、『彼女』という存在の前で死を選ぶという選択肢は、少なくとも今の私にはできなかった。『彼女』から差し出されているこの右手は地獄への招待かもしれない。この状況を見て、この場所が天国だとも言えないけれど、私は『彼女』に染みついた『硝煙』の匂いに惹かれ、『彼女』の右手に自分の左手を乗せる。
 願わくば、地獄への道標を示さんがように……と、思った瞬間だった。

 「ぅわっ!?」

 左腕が急に伸びてきて、私は『彼女』に胸ぐらを掴まれたと思った次の瞬間には、自分の足はすでに地面を離れたあとだった。
 無重力感と身体の内側から頭の方へとこみ上げてくる例えようのない気持ち悪さに加え、神経が今の状況を把握できない歯がゆさ。でも確実に私の身体は空へと舞っていた。しかしそれもすぐに、地球の重力の法則に従い下へと落ちていく。

 「うわぁああッ――――」

 道ばたから数百㍍下の森へと向かい、私を文字通り小脇に抱えた『彼女』が落ちる。しかし、機械仕掛けの右腕を崖に引っかけながら落ちていっているため、スピードもそこまでない。普通の人間ならば不可能なことも、『彼女』にとってそれとは違う。

 「さて……一度部屋に戻るか」

 慣れた足取りで『彼女』は森を駆ける。『彼女』の言う追っ手は恐らくついてはこれない、と、おも……う。そもそも、道ばたか、ら、数百㍍下に、飛び降り…………る、なんて、誰が考え…………もう、駄目……これは車なんて比じゃないぐらいの酔いだわ……。並のアトラクションでもこんなに揺れない、って……。

 「ちょ……ごめん、気分が…………」

 なんていう言葉なんて聞こえるはずもなく、私は事が起こる直前にご飯なんて食べなければ良かったと、心の底から後悔する羽目になった。




こちらに続きます

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